Mind Circus

雑記

2000年11月

 迎えた、2000年。鹿島から阿部と室井と言う即戦力を獲得しJ1復帰に掛ける意気込みが伝わって来ました。そして、監督は浦和に深く関わりのある斎藤和夫氏を。
今年のJ2は44試合(40試合)を11チーム4回戦総あたりで戦うと言う非常にハードな日程。それに加えて、浦和に勝てば名前を売れるとばかりに他チームからのチェックも相当な厳しさでした。

 戦力の差を見せつけ、20節すぎまで問題なく首位をキープ!しかし、問題はそこから。延期となっていた札幌との試合を落とすと、そこから歯車は狂い出します。札幌はどう考えても負けるはずのない相手。しかし、勝てない。その原因は、何故か?
誰もが思ったはずです。コンサドーレは選手の質的には大分よりも低いものの、チーム力でカバーし、早い段階でJ1復帰を決めました。エメルソンと言う絶対的なCFがいた事も大きな要因だったと思います。

 一方の浦和は、あれだけのメンバーを揃えながらも個人技に頼る事が多く組織としてはいまいちでした。そして、新潟にシーズン二度目の大敗をした事により、ついに斎藤監督の口から「自分の責任である」と言う発言が飛び出します。
それを受け、フロントは横山氏を総監督に据え、残り試合の指揮を委ねました。まずシステムを442から361に変え、G.Kには若い西部を抜擢し、切り札のアジエル獲得。

 さらには日本代表のコーチも務めたフラビオ氏をチームに招きました。そして残り試合、内容はどうであれとにかく勝ち続けたレッズは2000年の11月19日にJ1復帰を果たしました。

 とにかく90分以内で勝てば残留が決まる大事な試合。にも関わらず、スタメンにエース福田の名前はない。そして、引退を表明していたチキ事、ベギリスタインを敢えてスタメンで使うデモス監督。
果たして、最初から交代する事が決まってた選手を、起用するほど余裕のある試合だったのでしょうか?此処で私見を挟みたくなるほど不可解な采配でした。

 さらにおかしいのは、エース福田を残り10分でやっと投入した事。彼は年齢から来る衰え、度重なる怪我により、90分フルに戦うのはキツイとは言え、浦和の選手の中で最も決定力のある選手です。
石井をリベロにして、攻めたてるものの点が奪えずに延長へ。そこで選手達、私達サポーターを待っていたのは余りに残酷な結末。市原-G大阪、福岡-横浜の結果が...。

 最終節の時点で、自力残留の可能性のなかった市原が武藤のゴールで勝ったのです。5〜6点くらい取られてもおかしくなかった福岡に関しては、
レッズの経過を聞いていた福岡の菊川監督の采配で、途中から5点目を取らせない戦術に変えた。

 知らせを聞いて、飲んでいたペットボトルを叩きつけて悔しさをあらわにする福田。そして、他の選手のその時の表情が今でも忘れられません。
勝っても何もない中での延長戦。それでも、福
意地の延長Vゴール!当然、そこに笑顔はありません。シュートを決めたと同時に(結果を聞かされてなかった?)池田学が無邪気な笑顔で福田に抱きついて行きました。

 しかし、池田学を振り払い号泣する福田...。試合後、泣きじゃくる他の選手達。そしてサポーター達。
来年、絶対にJ1に戻る事を誓い引退、解雇されたメンバーを除く全ての主力にチーム残留する事に成功。

 これは、私の記憶だけに頼って書きました。よって、多少の間違いや、文章の構成上、移籍の順番や監督交代の時期の順番が異なります。


 名門三菱コト『浦和レッズ』のJ1復帰を祝い、私なりにこの2年を振り返ってみたいと思います。
去年は最終戦、試合には勝ったのにも関わらず最終的な得失差1に泣いた屈辱のシーズンに終わりました。思い出したくはないですが、永遠にこの出来事は忘れてはいけません。

 99年の浦和は開幕前に優勝候補に上げられながらも、勝ちに恵まれず順位を下げるばかり。大学ナンバー1ルーキーと言われた盛田を軸とする4-3-3のシステムが不発だったのが第一の原因でした。
そして呪われているかのごとく、次々に出る怪我人。それにも関わらず、補強すらしないフロント。スタメンには、聞き慣れない名前が並ぶ。メンバーを落としても、負けはしないが勝てない。引き分けばかり。

 シーズン後半、やっとことの重大さに気付いたフロント。他チームで出番を失っているが、即戦力として申し申し分のないV川崎(東京V)の中村(忠)、横浜FMの路木、名古屋の中谷を獲得して来ました。
さらには、オランダ(アヤックス)から岡野、そしてドイツにレンタルされていた永井を呼び戻しました。

 そして、最後の切り札としてウルグアイ代表のピクンを獲得します。しかし、一度狂った歯車は中々、直らず、ついには原監督に責任を押し付け解任。
後任にはア・デモス氏を就任させます。しかし、この彼は原監督ほどの指導力はなく疑問の残る、采配を繰り返す。
追い打ちを掛けるように、ピクン、中谷が怪我までがリタイアしてしまいます。

 それでも、市原、平塚と降格争いのライバルを破り残留が見えて来たはず...でした。ラスト前の対戦相手はヴェルディ。88分すぎまでリードし、このまま勝てばJ1残留濃厚でした。
しかし、北沢に同点弾をたたき込まれてしまいました。99シーズンに何度もやられていた勝利目前でのゴール。詰めの甘さをここまで来ても露呈。

 結局、試合は同点のまま引き分け。そして、運命は広島戦へと待ち越されます。

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