Mind Circus

雑記

2004年06月

 ユース時代は、ドイツ、イタリア、フランスへ留学し、6億6千万円でナントSCと契約

17〜19歳 背番号2 ナント(仏)

 フィジカルが三割弱、プレイ意識も多く良い選手。左SBの位置を確保し、キャプテンに選出される。いきなりフランスリーグを制覇しやや拍子抜けする。18歳。丈夫な選手だが、初めての怪我。全治3週間。今季は取りこぼしが多く優勝を逃す。リーグ2位。
19歳。SBのレギュラーを奪われ右のCBへ移動。念願のCBだったが、全治8週間の怪我をしてしまう。

 提案が通りフィーゴを獲得するがチームは低迷。リーグ8位と過去最低の成績に甘んじてしまった。これが原因でもっと強いチームに移籍したくなる。
スペインの強豪、ラ・コルーニャへと移るも、キャプテンではなくなった為にプレイ意識を失う。

 

「プライベート関係」

 ロージーナ、デイジー、ブランシュと知り合うが、プロポーズバグがある為にデートする事は出来ず。

 

20〜22歳 背番号2 ラ・コルーニャ(スペイン)

 今季は右のSB。ヒーローインタビューの嵐だった。年間で10数回あったので、これをうまく利用し、チームメイトや監督の信頼度を上げまくった。シーズン途中でキャプテンに任命され、リーグ制覇。
21歳。またも試合後のインタビュー攻撃にあう。欧州カップとリーグ戦の連続で主力の疲労蓄積。その所為でPK合戦の末、ミラノFCに敗れベスト8。2〜3月も主力の疲労蓄積により勝利から遠ざかる。
結果的にはスペインリーグを2連覇するのだが、疲労が溜まり厳しいシーズンとなったであった。

 22歳。この年は飛躍の年となり充実のシーズン。しかし、スタートでつまづく。9月のFLSで失敗し、開幕から数節はスタメンを外されてしまった…。
ここから浅野義信の快進撃が始まる。プレミア杯は優勝、欧州チャンピオンシップは準優勝。それぞれ、ヨーロピアン海運、エーゲ食品、アルプスモータースとスポンサー契約を交わす。

 ついに念願のイングランド代表入りを果たす。欧州ベストイレブン入り、ブラボーズアワード受賞。その一方でリーグ7位と低迷し、代表は予選敗退。カップとリーグ戦を同時に制覇するほど甘くなかった。

 

23歳 背番号2 ラ・コルーニャ→ロンドン(英)

 レギュラー落ち。ポジション代えも実らず移籍。2月からSCロンドンへ移るが練習のレベル低し。新チームでは左CBとなり、キャプテンにも選出される。しかし、リーグ戦は18位と散々。6月からの代表に選ばれる。

 

24・25歳 背番号2 SCマンチェスター(英)

 今季は右SB。毎年のようにポジションが異なる。そんな中、早くも経験などの能力値が下がりだし、プレイ意識も10個くらい失ったので引退を決意。
またもキャプテンになるが、最後に優勝出来ず、3位止まり。25歳まで待って引退。スーパープレーヤーに。

 

リーグ→158試合 88勝40敗30分
代表→19試合 10勝7敗2分
最高移籍金 40億前後、理想的なフットボーラー

 

[コメントの変化]

未来のイングランドを指示する、新しき時代の柱役
最終ラインを統率するイングランドの最終兵器

 

[感想枠]

 見て分かるように22歳の頃が彼のピークであり、一番、プレイしていて面白かった時期でもある。それに比べたら晩年はあまりにもひどすぎた。

 長崎で子供による殺人事件が起きてしまった。まだ詳細が分からないので下手な事は書けないが、原因はチャット(本人いわく掲示板)の書き込みで、髪形をどうこう書かれたからどうのと報道されてる。
確かにネットの文字のやり取りは危険だと思う。例えば私がふざけて馬鹿野郎と書いたとする。この場合、言葉は悪いが私の中ではしゃれのつもり。が、中には馬鹿野郎と文字に不快感を示す人もいて、これが元でトラブルになる可能性が大いにある訳だ。

 前も同じような事を書いたような気がするが、それがあるから今はほぼゲーム日記に逃げてる。何せ逃げ弾正なのでむやみに戦は仕掛けません(笑)
たまに接客態度の悪い店にへの説教企画はあれど、昔のような意図的な辛口文は書かなくなった訳で。

 しかし、ホント世の中は変わったよね〜。私等がガキの頃は男子の遊びと言えばファミコン。携帯電話どころか家の電話はまだ黒電話。インターネットどころの騒ぎではなかった。
今の親は携帯を持たせるのがやや早過ぎる気も。それ考えるとやはり今の親達は過保護なんだよな。怒れない親が増えてから子供の態度が悪くなった。今の中年の方々、もう少し子供のしつけをしましょう!

このページのトップヘ