阿部敏之
1974年8月1日 獅子座のB型 埼玉県出身

 鹿島育ちのテクニシャン。優れたパスセンスを持つ。00年、1年でJ1に戻る為に鹿島から室井と共に移籍して来た。見た目はおとなしめだが実際には熱い心の持ち主であり、攻撃的MF、ボランチとしてチームを引っ張った。
しかし、小野の番号を継ぎ、8番を手にしたのもつかの間、オフト構想からは完全に漏れてしまった。何故、オフトが攻撃的な位置で使わなかったのかは疑問。その後は仙台へ移籍したが、補強選手達から弾き出され、サテライト暮らし。

 

石井俊也
1978年1月19日 山羊座のB型 静岡県出身

 高校時代は攻撃的なポジションの選手だったが、浦和入団後はむしろ攻撃よりボランチとして活躍した。ボールに食らいつくしぶとい守備が最大の持ち味。
98年、原体制でJデビューすると福永から定位置を奪取。トルシエにも実力を認められ、99年にはオリンピック代表入り。石井は年を追う事にチームに欠かせない選手に成長し、チッタ・ピッタ体制ではストッパーもこなした。

 しかし、オフト構想からは漏れ03年からは仙台に移籍。福永、阿部等と再びチームメイトとなるが、福永の怪我もあって、チームは低迷。現在はJ1生き残りを掛け、厳しい戦いを強いられている。

 

杉山弘一
1971年10月27日生まれ 蠍座のO型 大阪府出身

 94年入団後、いきなり左サイドのレギュラーを獲得。元FWの突破力を武器に、堀と共に両サイドの崩しを担当。攻守の切り替えの速さと緩急の変化をつけたプレーを得意した。
99年、移籍先のV川崎(今の東京V)で定位置を確保し、弾き出された恰好の中村忠が浦和に移籍したのは皮肉だった。

 現在は新潟に所属し、貴重なバックアップ選手となっている。大阪人らしい明るい人柄で親しまれた選手でもある。

 

鈴木 慎吾
1978年3月20日生まれ 魚座のB型 埼玉県出身

 96年、ユースからの昇格組だが、わずか1年で解雇される。その後、働きながら横河電機でサッカーを続けた苦労人。その実力をJリーグ(今で言うJ1)を目指す、新潟に認められる。
ドリブルからサイドを突き、質の高いクロスをFWに供給。00年、古巣・浦和相手に2度も大勝し、斉藤体制を崩壊させた。

 その後、レンタルを経て京都に移籍し、チームに欠かせない選手に。浦和にとってまさに「逃がした魚は大きかった」。

 

堀孝史
1967年9月10日生まれ 乙女座のO型 神奈川県出身

 1998年まではチーム最多の出場数を誇った「鉄人」。元々は前線の選手だが、サイドバックとしてレギュラーに定着。94年前期は4バックの右、後期はサイドハーフをこなした。以後、チームに欠かせない選手として常にスタメンを張る。
主に右のアウトサイドやダブルボランチの一角として活躍。また怪我に強く、破壊力抜群のミドルシュートが武器だった。

 原構想から漏れた後はベルマーレ平塚(現湘南)に移籍。豊富な運動量と経験を武器に、01年まで現役でプレーした。